第1話『 似たりよったりのバレッタ 』
「新しいヘアアクセを買ったの」
「今日は友達とカフェに行くから」
度々あいつは俺にヘアセットをさせる。ヒトの髪をいじるのはキライじゃない。むしろけっこう楽しい。
鏡の前に置かれた椅子に行儀良く座る少女の名は雷花。プリミティブトビネの特徴ともいえるだろうか、その髪質は柔らかく、量が多いのでセットするには少しコツがいる。長さがあればほかに色々とやりようもあるのに、肩につかないくらいのふんわりとしたボブから伸ばすつもりは今のところないのだそうだ。そのせいで自分でうまくヘアセットできないなんて自業自得というべきなのだが、少々文句を言ったところで結果が変わることなどないのを少年は知っている。幼馴染みの上下関係というものはそう簡単には覆せないのだ、と。
「新しいヘアアクセなぁ…つってもまたいつもと似たようなのじゃん。もう自分でやれば」
渡された可愛らしいデザインのバレッタを手のひらで転がしながら、鏡越しに憎まれ口をたたく少年の名は綾染彦。トビネらしい細身の少年は少女から彦と呼ばれている。
「私はこういうのが好きなの!可愛いじゃない!それにセットだって一応練習してはいるけどまだ彦の方が上手いし…。あーもういいからはやくやってよ!」
「へいへい」
どうせやるなら新しい雰囲気のアクセでいつもとちがうアレンジにチャレンジしてみたいと思っているのだが、 雷花が綾染彦の進言を素直に聞くことはあまりない。綾染彦の方がひとつ年下だからというよりは、その言い方が気に食わないと意地を張ってしまうようだ。言葉を選ぶほどの気遣いを、まだ17歳の少年は持ち合わせていなかったから。
綾染彦はひとつためいきをつくと、諦めてヘアセットにとりかかる。全体に軽くワックスを揉み込んで、前髪からサイドにかけて幾筋か編み込み、あえて少しくずす。毛先にはコテをあててウェーブをつけ、毛束をつくり遊ばせて軽やかさを出す。最後に編み込みの横へバレッタを。大きな耳に少しかかるように。 花のモチーフ、レースにリボンにビジューが煌めく。ガーリーだけどゴージャスすぎない、いつものテイストのバレッタ。
「コレ他のと並べたら間違いさがしになるんじゃね?」
「もーうるさい!完成したの?」
「したよ。ホラ悪くないだろ?」
「…そうね。あいかわらず器用だわ。…むかつくくらい」
雷花は鏡に映る顔を左右に向け出来映えを確認する。文句ばかり言っていたわりには、いい仕事をしている。自分ではこうはいかない。これだからまたセルフアレンジの練習をするのがイヤになる。なんともいえない複雑な感情に一瞬眉をひそめるも、すぐに切り替えて笑顔で礼を述べる。
「ありがとう。もう時間だから出なくちゃ。お礼におみやげ買ってくるから!」
「甘いものはいらねーからな」
「わかってるわよ。じゃあいってきます!」
「おー。いってらっしゃい」
歌種荘に暮らす幼馴染みのいつものやりとり。
時刻は10時を少しまわったところ。窓からは明るい陽射し。今日は一日天気が良いとラジオの天気予報でも言っていた。暑くもなく寒くもなく風は穏やかで絶好のお出かけ日和だと。
「オレもどっか行こうかな…」
綾染彦は出かけていく雷花の後ろ姿を窓から眺めつつ、ひとりで過ごす休日の使い方について考えることにした。
to be continued.